嘘つきは泥棒の始まり

【漢字】嘘つきは泥棒の始まり
【読み】うそつきはどろぼうのはじまり
【意味】平気で嘘をつくとやがて泥棒も平気でするようになるという戒め。
【例文1】嘘つきは泥棒の始まりだと親が子どもに教える。
【例文2】嘘つきは泥棒の始まりだと生徒を叱る。
【例文3】嘘をつき始めると嘘つきは泥棒の始まりと言って罪悪感すらなくなる。

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嘘つきは泥棒の始まりを実感

私は嘘をついてもすぐにバレてしまいますし、嘘を黙っている自分に耐えられないので、なるべく嘘は付かないようにしています。
嘘は泥棒の始まりと言われるように、やはり悪いことなのだと思います。

誰も見ていないからと言って泥棒をしたとしても、必ずお天道さまは見ています。
これと同じで嘘を付いたことは、当然お天道さまにはお見通しです。

嘘を付くということは、自分の中にやましい気持ちを持つことになります。
それに一生耐え続けられるような自分ならまだしも、自分が言わなくても周りからバレてしまうことは良くあります。

この自分から白状しなくてもバレてしまうということは、やはりお天道さまの力なのかもしれません。
どんな時でも嘘を付かないように気をつけたいものです。

かなり前になりますが、良いところへ就職するためにはコネが必要だと言われたことがありました。
それが当たり前の時代だったのですが、私はそれが不正に思えて、自分に嘘を付きたくないと思い、コネを使ってまで良い仕事に就きたくはないと断ってしまいました。

後になってコネで良い仕事に就いた人は能力不足で退職したと噂で聞きました。

嘘つきは泥棒の始まりと言うけれど

嘘をつくことに良心がとがめなければ、そのうち盗みを働くこともいとわなくなるという意味です。
嘘をつくことが悪いことなのは理解できるし、社会の規範を無視して他人の財産をちょろまかすようになるのも想像できます。
嘘をついた時点で、自分が咎められるはずの責を回避し相手に某かの損失を与えていることを考えれば、権利や財産を奪ったとも表現できるのでしょうか。
嘘や泥棒にも色々あります。
某有名映画の泥棒は少女の心というとんでもないものを盗んでいったようだが、嘘をつくどころか言ったこと全部を本当にしようとしたほどです。
創作物の中に登場する架空の人物ではあるが、希少な美しい例外とも言えます。
最近の悪代官的な地位にある者達は、嘘は言っていないが、本当のことも言っていないというロクデナシです。
最終的に追い詰められると「黙秘します」などと言い出す面の皮の厚さは、永久保存で子々孫々まで飾っておけと言いたいです。
盗む以上の大迷惑を数えることも不可能なくらい多くの人々にかけても平気でいられる神経の図太さは如何なる嘘をつき続けてきた結果でしょうか。
生まれついての悪人など存在しないと思いたいが、どのような生い立ちをたどれば世にこれほど悪人があふれるのか知る必要はあるのかもしれないが、詳しく知りたいとも思えません。

嘘つきは泥棒の始まり

主に幼少の子どもが嘘をつき出した頃に諭す手段に用いる用語です。
成長過程、あるいは大人になっても言われている人もいますので、一概に子どもにしか使用しない用語とは言い切れない場合もあります。誰しも一度は親もしくは身近な大人に「つまらない嘘をつく奴は将来泥棒になるぞ。昔からよく言うじゃないか、嘘つきは泥棒の始まりと」などと聞かされた事があると思います。(最近の子達が果たして言われているかは不明ですが)それ位ある意味親しみのある言葉とも言って良いかもしれません。嘘を付けば本当に皆泥棒になると思いながら注意する人はそうそういないと思います。あくまでも一つの考え方、注意の方法で言っているだけの日本人にとって只の戒めとして使いやすい言葉になっていると思います。子どもが軽い気持ちで嘘をついていると段々嘘に対する罪悪感が薄れて行き、泥棒さえ抵抗なくやってしまうかもしれない可能性を危惧し、そうならぬ様早めに嫌な可能性を潰しておきたいに過ぎない思いが「嘘つきは泥棒の始まり」をつい使わせる要因でしょう。実際、泥棒に手を染めた人には中々諭す言葉も難しくせいぜい「逃げ得は許さない」位でしょうか?
幼心に芽生え始めたズルさに対し、楔を打っておきたい時用いる便利な格言というのが妥当な所だと思います。